第33章 狂気の沙汰

気を失った明羅の重い腕を肩に回し、小兎姫と歩調を合わせながらゆっくりと坂道を下っていく。泣き止んだ窓付きは小兎姫に抱きかかえられ、うつろな目で足元を見つめていた。

(アレクサンドロス大王の末裔である私が、逃げるわけにはいかないわね。いいわ、徹底的に付き合ってあげる。カナの化けの皮を剥がせるはずよ。でも、今は小兎姫から離れられない。それにしても、この窓付きって子は何者かしら。この子もみんなと同じように日本語を話しているけれど……これが本当に日本語なの? フレデリカに幻想郷へ送られた時、現地の言葉を理解する能力を与えられたはずなのに、もう何語かわからなくなってしまったわ。キクリの言葉も独特だったし、あれはテレパシーだったのだろうか)

歩きながら窓付きに話しかけるのは難しそうだったため、視線を隣へと向ける。

「小兎姫警視は、どうやって地獄に来たのですか? 私もここから出られる方法があるのかなと思いまして」

「門番のシンギョクの試練を突破したのよ。知ってるでしょ? ここへ繋がる門」

「ええ、シンギョクには会いました。それで、どの試練を突破したんですか?」

「名誉の試練よ。ちょうど仕事に関係してたから、楽勝だったわ」

得意げにニヤリと笑う。

(この女、本当に自信家ね)

「仕事に関係していたって……まさか、誰かを捕まえたのですか?」

「その通りよ! 魔界から逃げ出したルイズって悪魔を公務執行妨害で逮捕したの。傘を振り回しながら幻想郷でのんびり散歩してただけだから、朝飯前だったわね」

「さすがですね。で、捕まえて、その後はどうしたんですか?」

「門のところへ連れて行ったら、シンギョクが魔界側の門番に引き渡したらしいわ」

(あーあ、ルイズの姿に変身しているオレンジだわ。あの子ったら、また面倒なことになりそう。……私が助けるべきかしら)

内心の厄介事に苦笑しながら、話を合わせる。

「犯罪を解決して、罪人を罰する! 最高の気分よ! この仕事、絶対に辞められないわ。まだまだ捕まえなきゃいけない悪党が山ほどいるんだから!」

曲がりくねった道を下り終えると、重苦しい空気が漂う目的地が近づいてきた。

「ところで、警視。カナには以前、会ったことがあると仰っていましたよね。それって幻想郷でのことですか?」

その問いに対し、小兎姫は遠くを見つめながら、かつて幻想郷の上空に現れた謎の円盤と、それにまつわる奇妙な騒動について語り始めた。

願いを叶えるという甘い言葉に釣られて集まった巫女や魔女、そして異世界から来たというふざけた科学者やその助手を、彼女は間抜けな姫のふりをした潜入捜査の末に一人残らず出し抜いてやったのだと、得意げに笑う。その際、カナは何か人を驚かせる道具を手に入れたらしく、結果として住処を追い出され、エレンという魔女に拾われて洋服の仕立てを手伝うようになったらしい。

「でもね、なんでアナベラルが今、コンガラ様に仕えてるのか、私にはさっぱりだわ。まあ、証拠がない限り、彼女をこれ以上悪く言うつもりはないの。みんなそれぞれ事情があるからね」

「ええ、ありがとうございます。なかなか興味深いお話でした。でも、一つお願いがあります」

「何かしら、魔女さん?」

「コンガラ様にカナがポルターガイストであることを伝えます。警視も確認していただけませんか?」

「真実を確認する? 最高に楽しいじゃない!」

「ありがとうございます。実はもう一つお伝えしなければならないことがあるんです。カナは警視と明羅さんの足跡を辿って丘へ向かいました。この目で見たんです」

「わかったわ。なかなか頭が回るじゃない、メデア。もし、あなたの言う通り、カナが黒幕だったら、私の部下になるのはどうかしら?」

「すみません、私には他にやることがあるんです。でも、警視とお仕事ができて光栄でした」

長い話を終える頃には、乾いた風の音と眼下の波音だけが響く断崖の橋を渡り終えていた。

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湿り気のある潮風と埃っぽい匂いが混じり合う中、圧倒的な質量でそびえ立つ石造りの要塞が、逃げ場のない口を開けて一行を飲み込もうと待ち構えているような重圧を感じる。

神殿の周りは、カラスの大群のように忙しなく飛び回る幽霊たちで溢れかえっていた。空いている手で重い門を押し開き、明羅を内部へと運び入れる。

案の定、やつれた表情のコンガラが立ちはだかった。

「取り囲め! 二人とも捕らえよ!」

号令一下、幽霊の兵士たちが瞬く間に周囲を塞ぐ。長い道のりで疲労困憊していた隙を突かれ、意識を失った明羅と、拘束された窓付きをあっさりと奪い取られてしまった。

「コンガラ様! 明羅さんはあの少女に襲われました! 私が止めなければ、殺されていたでしょう!」

必死に弁明する小兎姫。

(『私が止めなければ』だって? ずいぶん都合のいい言い草ね)

呆れた視線を向けるが、当人は当然のように続ける。

「もちろん、メデアも手伝ってくれました。出血を止めるのも、ここまで運ぶのも。一体なぜ私たちを捕らえるのですか?」

コンガラは言葉に耳を貸さず、兵士から明羅を受け取ると、冷たい石のベンチに丁寧に寝かせ、その額に手を当てた。

(さすがコンガラ。呼吸と脈拍を確認すればいいのに、無駄な真似を……)

やがて、鋭い視線がこちらを射抜く。

「貴様らの企みは、全てお見通しだ! 明羅殿を傷つけ、罪のない子供に罪をなすりつけるとは……卑劣な行為だ! 司令官の地位を狙っていたのだな? 婦警!」

「そのようなことを考える余裕すらありませんでした。一体、なぜ私たちが企みをしたと思われるのですか?」

淀んだ空気の中、ひどく場違いな清潔感を纏った気配が歩み寄ってきた。カナだ。

「私、全部見てましたわ。明羅姉さまを廃墟に誘い込むところを、この目でね」

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彼女は事もなげにコンガラの耳元へと顔を寄せ、甘く生々しい吐息とともに猛毒のような言葉を吹き込む。石壁の冷気が肌を刺す回廊で、その囁きは恐ろしいほど冷ややかに響き、威厳ある武人の顔を一瞬にして驚愕の色に染め上げた。

「あの神聖なる場所で……二人は、美しい乙女の目の前で、卑劣な罪を犯したんです」

コンガラは顔をしかめ、重いため息をつく。額がかすかに震えていた。

「嘘です! どうしてカナの言葉を信じるのですか? 彼女は幽霊のふりをしていますが……本当はポルターガイストなんですよ! 警視、真実を話してください!」

「ええ、その通りです。カナ・アナベラルは幻想郷のポルターガイストです」

小兎姫が冷徹な声で証言を重ねる。

「ひどい! 私は人間として生まれて、死んで、地獄に落ちた、ただの幽霊よ! 私が一番よく分かってるわ!」

カナは声を荒らげて反論した。

(よくもまあ、自分のことを『地獄に落ちた』なんて、いけしゃあしゃあと言えるものね)

カナは窓付きに視線を移し、冷ややかな声音を少しだけ鋭くした。

「それに、この子を見て! こんな幼い子が人を殺せるわけないでしょ!? 早く解放してあげて! この二人を処刑すればいいのよ!」

幽霊たちを押し分けてコンガラに近づき、小兎姫が事務的に訴える。

「コンガラ様、どちらを信じるのか、よくお考えください。明羅さんが目を覚ませば、何が起きたのか、全て話してくれます。どうか、泉に連れて行ってあげてください!」

「黙れ! 我が決断するのだ! 誰の指図も受けぬ!」

「その通りよ! あの女どもは、明羅姉さまの胸に罪の種を植え付けたんです! すぐに傷口を開いて、罪深い血を全部出し切らないと!」

兵士たちは相変わらずこちらを取り囲んでいるが、主の命令が下るまでは手出しはしないようだった。

(ここは完全に、狂気の沙汰だわ……)