第24章 探偵ごっこ

地下牢のひやりとした空気が、まだ肌にまとわりついているような錯覚を覚えながら、薄暗い石の廊下を歩く。
(一番怪しいのは、やはりカナね。太郎の日記に記されていたポルターガイスト。確か、魔法店の屋根裏に棲みついていたはずだわ。太郎がなぜ彼女のペンダントを持っていたのかは謎だけれど……そもそも、なぜそんな騒霊が地獄にいるのかしら。無害な幽霊のふりをして、あちこち嗅ぎ回って……ふふ、まるで私みたい。まずは彼女を探ってみましょう。カナ自身が手を下した可能性もゼロではない。だとしたら動機は? あの怪しい立ち回りは切り札に使えるけれど、最初は優しく撫でるように聞き出してあげるのが定石ね )

冷たい石段を上り、中央ホールへと戻る。今朝方、あの底冷えのするベンチで微睡んだ場所だ。
(そろそろ、熱いお湯でこの埃と疲れを洗い流したいところね )

目当ての少女は祭壇近くの定位置にはおらず、壁際で幽霊たちに取り囲まれながら、何やら楽しげに談笑していた。足音を殺して近づき、その輪の端から会話に耳をすませる。

「……それにね、幻想郷にはプリズムリバー三姉妹の廃洋館もあるのよ。あそこに住んでいる三人の……罪深い女どもったら、下劣で低俗な音楽を垂れ流していて。本当に許せないわ 」
手元の地図を広げ、熱を帯びた声で幽霊たちを煽り立てている。
「だから、まずはあの廃洋館を占領して、そこから妖怪の山へ向かうの。次の標的は秋の屋敷。あいつら、なんて我が物顔でふんぞり返っているのかしら 」

幽霊たちはすっかり魅了されたように、うっとりと頷いている。コンガラの姿は周囲に見当たらない。適当な間を見計らい、わざとらしく控えめな声で割り込んだ。
「すみません。少しだけ、よろしいですか? 」

カナは弾かれたように振り返り、じっとこちらを見据えた。一瞬だけ警戒の光が過ったが、すぐに愛想の良い笑みを貼り付け、幽霊たちに言葉を向ける。
「ごめんなさいね、私の素敵な戦士たち。ちょっとだけ失礼するわ 」

彼女を促し、神殿の外れ、人目のつかない壁際へと移動する。
「余計なお世話かもしれませんけれど……カナさん。あの悪魔捕りの勝負の時、あなたのことを見かけたのです。小兎姫さんと明羅さんの後を、こっそり追っていきましたよね? 」

探りを入れるような声音に、カナの表情がすっと抜け落ちた。琥珀色の瞳が、品定めをするように冷たく細められる。
「誤解しないでくださいね。ただ、協力したいだけなのです。カナさんは、そこで何を見たのかしら? どうして小兎姫が犯人だと? 」

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吐息がかかるほどの距離まで、ふわりと顔が近づいてきた。松明の揺らめく暖かな光を反射して、大きな瞳が猫のように悪戯っぽく細められる。耳元で囁かれる声と、微かな衣擦れの音。まるで実体のない幻影が、秘密の共有を求めてパーソナルスペースへ侵入してくるような、奇妙な浮遊感と緊張感があった。周囲の冷え切った石壁とは対照的な、柔らかく甘い気配。だが、その底にはどこか人形めいた、人間離れした歪さが張り付いている。

メデアの言葉に、カナは少しうつむき、すがるような、いじらしい声色を作り上げた。
「私……本当に全部見たの。あのね、私、コンガラ様のことが大好きなの。誰よりも特別な存在になりたくて……。だから、内緒で後をつけて、誰よりも先に悪魔を見つけて、コンガラ様に認めてもらいたかったのよ 」

「それで、その『悪魔』というのは、あの女の子のことだったの? 」
「不自然な轍の正体という意味なら、そう。あれは窓付きの自転車の跡だったわ。でも、あの子は事件とは無関係よ。ただあそこで、自転車に乗っていただけなのだから 」

(あんな小さな子供が、この過酷な地獄で自転車を乗り回している? まるで休日のサイクリングね。ええ、とても興味深いわ )

カナは言葉を区切り、ひどく痛ましそうな表情を作って見せた。
「明羅姉さまは、窓付きが古代遺跡に入っていくのを見て、後を追ったの。そうしたら、あの悪徳警官が……明羅姉さまの死角から、こっそりと包丁で…… 」

(随分と淀みなく出てくること。筋書きとしては悪くないけれど、何かが決定的に欠けている。……ただ、今の段階でカナを問い詰めるのは得策ではないわね )

「けれど……小兎姫を告発するなら、決定的な証拠が必要ではなくて? 」

「証拠? あの子の怯えきった様子が証拠よ。虫一匹殺せそうにない、無邪気な子供じゃない 」

「でも、窓付きは刃物を所持していたと言われていましたけれど 」

「あれは小兎姫がそう主張しているだけ。本当は、あの女の持ち物に決まっているわ 」

「それなら、窓付き本人に確認してみればいいのではないかしら。案外、自分のおもちゃだと素直に認めるかもしれないわよ 」

痛いところを突かれたのか、カナの口元がわずかに歪む。反論しようと口を開きかけた時、彼女は視線を神殿の入り口へと滑らせた。
「……コンガラ様が、小隊を率いて遺跡へ向かわれるわ。明羅姉さまの遺体を捜索するおつもりね。ごめんなさい、もうお喋りしている時間はないの。コンガラ様がお留守の間に、仕事を片付けないと 」

愛想の良い仮面を再び被り直すと、カナはくるりと踵を返し、足早に神殿の中へと消えていった。

少し離れた広場では、コンガラが沈痛な面持ちで幽霊兵士たちに捜索の指示を与えている。先回りして現場を調べるべきかと思考を巡らせたが、踏みとどまった。

不意に、容赦のない熱風が吹き荒れ、ザラザラとした砂塵が肌を叩きつけた。思わず袖で顔を覆い、風が止むのを待って目を開ける。

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焼け付くような地面の熱気の中、そこに場違いな気配が立っていた。周囲の荒涼とした地獄の空気には到底そぐわない、ふわりとした布擦れの音。しかし、背後から放たれる微かな魔力の波長と、革のようなどこか生々しい質感は、それがただの人間ではないことを示している。強烈な日差しを遮るように手をかざすその姿からは、遊びに来たような気楽さは微塵も感じられない。何かを事務的に遂行しようとする、必死で真剣な圧迫感が伝わってくる。

「メデア様でしょうか 」砂埃に負けまいとするような、細くも硬い声が響いた。

「ええ、そうですが……何か御用かしら? 」

「幽香様が、お体の具合と、任務の進捗状況を尋ねたいと仰っております 」

「問題ないと伝えてちょうだい。全容を解明するには、もう少し時間がかかりそうだわ 」

「かしこまりました。幽香様は明日の正午、同じ場所でご報告をお待ちになるそうです。その際、幻想郷へ帰還するためのポータルをご用意くださるとのことです 」

用件だけを機械的に告げると、使い魔の気配は蜃気楼のように揺らぎ、不意に吹き込んだ熱風とともに跡形もなく消え去った。

遠くで、コンガラ率いる小隊が出発の号令を上げている。迷っている暇はない。次に打つべき一手を、早急に決断しなければならなかった。