第7章 とげとげの決闘

「親切なご提案、ありがとうございます。ですが、今回は遠慮させていただきます。魔界で何が待ち受けているか分かりませんし……少々恐ろしいですから。それに、まだ準備も整っておりませんし」
(愛らしい顔で平然と身代わりを要求してくるなんて。ルイズ……やはりこの悪魔は信用に値しないわ。今は自身の計画を優先すべきね)

「あら、つまらないわね。まあいいわ。それじゃあ、行きましょうか」
興味を失ったようにあっさりと引き下がり、南へと続く小道を歩き始めた。

緩やかな下り坂を進むにつれ、鬱蒼とした木々はまばらになり、視界が開けていく。地平線にたなびく霞の向こうには、荒々しい岩肌をむき出しにした峰々が絵画のように連なっていた。

「少しお聞きしてもよろしいですか? この世界の太陽は、あなたにとって眩しすぎるのではありませんか?」

忌々しそうに空を仰ぎ、片手で日差しを遮る。「ええ、ひどく眩しいわね。私、じっと何かを見つめるのが苦手なのよ。おそらく、色々なものを見過ぎてしまったせいね」

「なるほど。南へ向かうのでしたら、ガイドブックに記されていた遺跡を調べてみるのはいかがでしょう?」

「あら、興味がおありなの? ほら、もう目の前よ。あそこの原住民たちが、何やら面白そうなことをやっているみたいだし、退屈しのぎにはちょうどいいわね。でも、私、安全な場所からじゃないと見学したくないのよ」

古代の巨人が打ち捨てたような、風化して傾いた石柱の群れが姿を現した。崩れ落ちて瓦礫と化した柱の陰へ、案内人は素早く身を潜める。
(原住民?)
困惑を察したのか、意味深な笑みを浮かべて手招きされた。促されるまま隙間に身を滑り込ませる。視線の先、崩れた柱の向こう側に、紫の衣を纏った赤い長髪の女が優雅に宙へ浮き上がり、何かをつぶやいているのが見えた。

「里香(りか)ちゃんの弾幕って、どれもこの程度なのかしら? まだきちんと拝見していないのだけれど」
嘲笑を含んだ声が響き渡ったが、物陰からはその相手の姿はまだはっきりと見えない。

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鼓膜を震わせる機械的な爆音と、空気を焼くような推進剤の匂いが乾いた遺跡の空気を切り裂く。それと真正面から衝突するのは、音もなく膨れ上がる重圧感に満ちた魔力の奔流。静寂に取り残されたはずの古代の空間で、砂埃がギラギラと午後の陽光を反射しながら舞い上がり、異質な二つの力が真っ向から激突する熱を帯びていた。柱の陰から息を潜めて見上げるこの距離感は、否応なしに覗き見の共犯性を掻き立てる。

(いきなり魔法の撃ち合い?)

「おい、てめぇ何者だっての! とっとと失せろ、こっち来んじゃねぇのです!」
無骨な推進装置を背負った小柄な少女が、空中で怒声を張り上げる。

返答の代わりに、紫の衣の女が放った球体が巨大な防壁へと変形し、視界を完全に遮断した。不気味な静寂の直後、轟音と共に閃光が走り抜け、分厚い石柱が粉々に吹き飛んで砂埃を巻き上げる。

「てめぇ、頭おかしいんじゃねぇのか! いきなり攻撃してくんなっての!」

「あらあら、おチビちゃん、そんなに怒らないでちょうだい。せっかくの弾幕なのだから、もっと見せてほしいわ。私、全部見たいの」

「なんでてめぇに見せなきゃなんねぇのです! 意味わかんねぇっての! だいたい、てめぇはいったい何者なんだよ!?」

背負い込んだ装置から再び轟音が轟き、灼熱の炎が噴き出す。その物理的な反発力を利用して、小柄な体躯が軽々と宙を舞った。対する相手は、何の支えも推力もなく、ただそこに在るかのように余裕の笑みを浮かべている。

「私は、お姫様よ。どんなお姫様も夢見るものだわ。白馬の王子様、素敵なお城、そして……自分めがけて飛んでくる、美しくも危険な弾幕ね」

(なかなか狂気じみた、興味深い方ね)

「ふん、いいだろう! その『美しい弾幕』ってやつで、木っ端微塵にぶっ飛ばしてやるのです!」

少女の装置の側面から奇妙な筒が展開し、無骨な機械の腕へと変形を遂げる。標的を捕捉するや否や、大量の飛翔体が連えんとして発射された。しかし、お姫様と名乗る女は涼しい顔で宙を滑り、虚空を切り裂いた飛翔体は無惨にも背後の柱を砕き散らす。

(幻想郷……ここは単なるおとぎ話の世界ではないようね。蒸気機関すら凌駕する未知の技術と、魔法が混在している。凄まじい混沌だわ)

凄惨な殺し合いを他所に、隣の悪魔はキャリーバッグから小さな袋を取り出した。無造作に灰色の塊を掴み、こちらへと差し出してくる。

「……?」

「はい、これ。とげとげ煎餅。食べてみるかしら?」

(この状況で間食? まあ、頂いておきましょう)

齧ると、ポップコーンによく似た軽快な音が響く。視線を煎餅に落としている間にも、戦場は遥か上空へと移っていた。

「気に入った? それ、魔界の『肉食トゲ花』の種から作らせたのよ。火を通すと、こんなにふんわり膨らむの」
自身もカリカリと呑気な音を立てながら、特等席での見物を楽しんでいる。

上空では、魔法の防壁と物理的な弾雨が絶え間なく交差していた。重火器を操る少女が空中で反動を受け流した瞬間、白煙を引いて巨大なミサイルが放たれる。防壁を食い破り迫り来る質量兵器に対し、迎え撃つ女は即座に高密度の雲を展開して衝撃を殺した。戦局は泥沼の様相を呈していく。

「どうかしら? このショー」
戦う二人の命運など路傍の石ほどにも気にかけていない様子で、眩しそうに目を細めながら煎餅を齧り続ける。

「驚きましたけれど……ルイズさんは止めに入らないのですか? あのままでは、どちらかが命を落としかねませんよ」

「殺し合いにはならないわ。ここの原住民は意外と頑丈にできているのよ。それに、他人のいざこざに巻き込まれる趣味はないわ。そんなに心配なら、あなたが仲裁に入ればいいじゃない。私はここで少し休んだら、先へ行くわ」

遺跡のさらに奥、深い闇を湛える地下への入り口が指し示された。そこから、春のそよ風のように静かで、しかし確かな密度の魔力が漏れ出している。手元の魔導書が共鳴するように微かな熱を帯びた。

(あの二人、完全に周りが見えなくなっているわね。私が介入すればこの場を収めることはできるだろうけれど……そもそも、どちらの味方につくべきかしら? いや、手を貸すこと自体にメリットがあるのかどうか。それとも、あの地下から漂う魔力源の調査を優先すべきか……。さて、どう動くのが一番の得策かしらね)

[SYSTEM ALERT: 音響兵器デプロイ完了]
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