沈鬱な足音が湿った土に吸い込まれていく。布が擦れる重苦しい音と共に、焦げた肉と血の匂いが朝霧の中へ薄れていった。
残されたのは、森の深い静寂と、冷え切った絶望感だけだった。
すべては自らの行動が招いた結果だ。その重圧が、鉛のように胃の腑にのしかかる。
不意に、フレデリカの顔が脳裏をよぎった。あの魔女に泣きつけば、あるいはこの惨劇を無かったことにできるかもしれない。だが、すぐにその考えを打ち消した。彼女にとって、この世界の出来事など質の悪い茶番劇に過ぎない。時計の針を戻してくれと哀願したところで、鼻で嗤われるのが関の山だ。
「行くの? 行かないの? どっちなのよ」
苛立ちを隠そうともしない声が、背後から突き刺さる。
振り返らずに、吐き捨てるように応じた。
「今の、見たでしょう? ちゆりのこと、『自業自得』だなんて言わないでよ」
「そんなこと、言うわけないじゃない」
カナは微かに口角を上げ、薄暗い声で囁いた。
「あんたのことよ。『自業自得』なのは」
凍りつくような指摘だった。図星を突かれた怒りよりも、突きつけられた事実が胸の奥底にすとんと落ちる。
「……あの死体、追いかけたりしないわよね?」
「そのつもりはないわ。カナにとって、ちゆりの死なんてどうでもいいことでしょうけれど。私が一人で受け止めるしかないのよ」
直後、冷え切った指先がメデアの手首を強く掴んだ。
「どうでもいいって? 違うわ」
カナの声から、いつもの軽薄な響きが消え失せていた。
「私のこと、そんな冷酷な化け物だとでも思っているの? ふざけないで」
「じゃあ、何が言いたいの? ちゆりを取り戻せる方法があるって言うの?」
カナは手を離し、傍らの樹木へ歩み寄った。迷いなく枝に手を伸ばし、瑞々しい緑の葉を一枚、無造作にむしり取る。
指先で葉脈をなぞり、ゆっくりと、だが確実にそれを引き裂き始めた。微かな破裂音と、青臭い植物の匂いが鼻をつく。
「私たちが何のために戦っているのか、まだわかっていないみたいね」
引き裂かれた葉の破片を弄びながら、カナが鋭い視線を向けてくる。
「そもそも、閻魔ってどんな存在か、わかる?」
「……巨大な官僚組織のようなものかしら。死者の魂を集めて、裁判をして、地獄か天国に送る」
「それはそうだけど……そのあとは? バカじゃないんだから、少しは考えてみてよ」
「そのあと……? つまり、天国も地獄も一時的な場所に過ぎなくて……魂は……」
「転生するのよ。生と死の輪廻」
カナの瞳の奥に、暗い炎が揺らめいた。
「そんな目で私を見ないで。この世界で狂ったポルターガイストとして生まれたからといって、前世で妖怪や人間だったかもしれないでしょう?」
「まさか、カナには前世の記憶があるの?」
カナは手の中の葉を完全に真っ二つに引きちぎり、湿った土の上へ叩きつけるように投げ捨てた。
「そこが問題なのよ! ないの! 私にも、あんたにも、誰にも! どうしてそうなっているか、考えたことある?」
「……閻魔の仕業、ということ?」
「そうよ」
カナは一歩、こちらへ近づいた。声のトーンが落ち、地の底から響くような凄みを帯びる。
「私ね、他の世界の存在と交流したことがあるの。地獄や魔界なんかじゃない、閻魔の権力が及ばない、全く別の世界。そこには『死』がないのよ。体が老いぼれたら、新しい器と入れ替えることができる。体はただの器として売買されているけれど、人格は永遠に生き続けるの」
足元の踏みしめられた落ち葉が、カサリと乾いた音を立てた。
「でも、あの腐った閻魔どもは違う。自由な存在を死後に裁いて、記憶を消し去って、自分たちの都合で好き勝手に振り分ける。そんな権利が、やつらにあると思う? これは陰謀よ」
張り詰めた空気が、森の冷気よりも冷たく肌を刺す。
「だから、私はやつらと最後まで戦う。ちゆりを救いたい気持ちはわかるわ。でも、よく考えて」
カナは再び手を伸ばし、今度はそっと、メデアの指先に触れた。
「私たちが勝てば、誰も『救う』必要なんてなくなる。世界そのものが変わるのよ。さあ――一緒に戦ってくれる?」