「謎かけの答えは、『疲れ』です」
シンギョクは数秒間、静かにこちらを見つめていたが、やがて重々しい音声が反響した。「見事である、若き者よ」
「ということは、正解でしょうか?」
「否。その答えにより、そなたは命拾いをしたということである。正解は、『死』なり」
(しまった。一瞬『死』が頭をよぎったというのに。焦りからありきたりな答えに逃げてしまったというの……!)「では、私はここを去らねばなりませんか」
「知性の試練は不合格なり。規則に従い、明日以降、力の試練か名誉の試練に挑むがよい。さらばだ、若き者よ」
洞窟を照らしていた光が徐々に薄れ、視界が再び深い闇に沈んでいく。床と壁に点在していた赤い炎だけが残り、大げさな物腰の門番の姿も闇の中へ溶け込むように消滅した。
つい先ほどまで門が放っていた強烈な気配を探り、冷え切った石壁へ手を伸ばす。しかし、指先が触れたのは無機質な岩の感触だけだった。
(失敗したわ。けれど、準備もなしに未知の危険地帯へ放り込まれるよりはマシだったと考えるべきね。今は外へ出ましょう)
微かな赤い光を頼りに足を進め、洞窟の入り口を抜ける。途端に、冷え切った体を暖かな太陽の光が包み込んだ。
(さて、次はどう動くべきかしら。他の道もあったけれど……この辺りの地理で頼れそうなのは、先ほどの観光客くらいね。まだ近くにいればいいのだけれど)
街道へ出ると、空のベンチの脇に、少し踏み固められた草と真新しい足跡が残っているのを見つけた。視線を上げると、探していた少女の背中がすぐ先にある。急ぐ素振りもなく、小さなキャリーバッグを鳴らしながらのんびりと歩を進めていた。
(彼女なら、背後から追いついても怪しまれないかしら)足音を忍ばせずに距離を詰め、背中越しに声をかける。
「あの、すみません」
「あら?」振り返った彼女は、歩みを止めてこちらを見定めた。「さっきの人ね。門はどうだったかしら? 気に入った?」
「ええ、まあ。道を教えていただいて助かりました。ところで、少しお聞きしたいことがありまして……」
「私の名前? ルイズよ。あなたは?」
「メデアです。よろしくお願いします。ルイズさんは、ここに長く滞在されているのですか?」ゆっくりとした彼女の歩調に合わせながら、横に並ぶ。
「いいえ、幻想郷は初めてなの。でも、ずっと来てみたかったのよ。空気も太陽も、何もかもが心地よくて……私の故郷とは大違いだわ」
洞窟の重苦しい空気から解放された安堵感の中、彼女がスッと差し出してきた見開きの書物から、乾いた古い紙の匂いが鼻腔をくすぐった。木漏れ日の柔らかな光が彼女の肌の透明感を際立たせ、その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。向けられた瞳は、先ほど自分が洞窟の奥で直面してきた不可思議な現象――青く光る空間の歪みや、底知れない暗黒の気配――をすべて見透かし、「答え合わせ」を楽しんでいるかのような大人の余裕を漂わせていた。
「あら、じゃあ私たち、同志のようなものね。新しい景色を求める気持ちはよくわかるわ。ところで、メデアさんの故郷はどちらかしら?」
(この娘にどこまで本当のことを話すべきか。これほど率直に言葉を交わせる相手も久しぶりだけれど……)「ギリシャという地名を、聞いたことはありますか?」
「うーん……」ルイズは思案するように、指先を頬に当てた。「聞いたことがないわね。でも、ここには色々な場所から来る人が多いから。私の場合は、魔界から来たのよ」
(魔界……? 肉体と魂を貪り尽くす悪魔たちが跋扈していると、あの門番が言っていた場所から?)「魔界……そこに悪魔が住んでいると聞いたことはありますが、ただの噂話ですよね? どの国にも、そうしたおとぎ話はありますから」
ルイズは歩みを止め、こちらの心の奥底を探るようにじっと見つめ返してきた。「ええ、根も葉もない噂もあれば、本当の話もあるわ。実は私、本物の悪魔なの」
さらりと言ってのけた声には、微かな冷たさが混じっていた。
「でも、青い帽子をかぶったあの税関が言うように、肉体や魂を貪りに来たわけじゃないわ。ただの観光客よ」
(拍子抜けね。これまで召喚してきた悪魔たち――あのバアルの圧倒的な暴虐さを思えば、こんな愛らしい外見の少女が悪魔だなんて。用心は怠るべきではないけれど、先入観は捨てるべきかもしれないわ)「そうなんですね。私もルイズさんと同類の悪魔と、何度か関わったことがあります。バアルという名前を、聞いたことはありますか?」
「いいえ、知らないわ。そんなに有名なの?」
「ええ、界隈では。別名ベールとも呼ばれ、古代の人々に嵐や豊穣をもたらす神として崇拝されていた、非常に強力な悪魔です。私も一度だけ……関わったことがありますが、忘れられない経験ですね」
「へえ、そう。神綺(しんき)様も少し気難しい方だけれど、その『バアル』とやらに負けないくらいの力を持っているかもしれないわね」
(ルイズと話すうちに、あの洞窟での緊張が少しだけ解けてきた気がする。さて、これからどう動くべきか……)「ところで、ルイズさん。先ほど見せていただいたその本は?」
「ああ、これ? 幻想郷のガイドブックよ。少し古いから役に立つかどうかは分からないけれど……青い帽子をかぶった『税関』がいる限り、最新版を手に入れるのは難しいみたいね」
そう言って、ルイズは気前よくガイドブックをこちらへ手渡した。
(あら、文字が解読できる……! フレデリカの魔法は本当に精密ね)ページをめくり、問題の門が記された周辺の地図に目を落とす。「あの、少し分かりにくいのですが、私たちが今いるのはこの辺りでしょうか?」地図の一点を指し示す。
「ええ、そうよ。しかも、その先にはすぐ分かれ道があるわ。メデアさんは、どこへ向かうつもりかしら?」
古びた地図を凝視する。門を中心に、道が北から南へと緩やかに下っている。南には不吉なオーラを放つ記号に囲まれた遺跡らしき場所。北には小さな家、コイン、そして魔法の杖の絵が描かれている。
(見づらい地図だけれど……これがフレデリカの言っていた『夢幻遺跡』と『ふわふわ魔法の店』ね。強力な魔力源の候補は確かに存在している。試練に落ちたことを悔やんでいても仕方がない。残された二つのうち、どちらへ向かうか決めるだけだわ)ガイドブックをルイズに返す。「実は、まだ決めていないんです。ルイズさんは?」
「さあ……どこへでも行ってみようと思っているわ。一緒に来るかしら? ここが気に入ってしまって、全然帰りたくないの」
彼女は楽しげに微笑んだ後、ふと声を潜めた。
「……ただ、少し個人的なことを聞いてもいいかしら? あの門には何をしに行ったの?」
(ついに聞かれたわね。試練に失敗して門前払いされただなんて、正直に話すのは気が引ける。けれど、ルイズは魔界の出身。あの空間を突破する別の手段を知っているかもしれない……。それに、今後の同行を考えるなら、ある程度の情報は開示すべきかしら)